2010年

5月

01日

川間ドック(レンガ積みの乾ドック)

川間ドック

 

川間ドックは、浦賀ドックと同様、今や世界で四つしかないレンガで造られたドライドックのひとつです。

川間ドックにある看板の文章を以下に引用します。

 

(株)東京石川島造船所が、大型船の建造修理のため、当時、取締役会長であった渋沢栄一の提案により、明治二十八年(1895)十月に浦賀分工場として建設に着手し、同三十一年に営業を開始しました。

 同三十五年には浦賀船渠(株)が買収し、以後、同社の川間分工場になりました。

 

浦賀行政センター市民協同事業・浦賀探訪くらぶ

 

渋沢栄一はあの時期やたらと活躍してますねぇ。

 

川間ドックは、今はヨットハーバーの一角にあります。

写真でわかるとおり、ドックの出口あたりはヨット用の桟橋になっているのがわかります。貴重な産業遺跡ですので、なんとか残してほしいものです。

 

Velasisエントランス

 

入り口はこんな感じ。Velasisといいます。場所は、陸軍桟橋燈明堂の間にあります。浦賀周辺マップも参照ください。

 

Velasisマップ

 

実際の川間ドックは、現在地と書かれた部分の右側にある赤い点線に囲まれた部分です。

川間ドック3
川間ドック4
川間ドック2
川間ドック看板
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2010年

3月

06日

SPASSO(観音崎京急ホテル)

spasso_entrance

 

 SPASSO は、観音崎京急ホテルに併設された温泉施設です。

 2009年末にはじめて利用しました。日帰りパックプランという入湯とランチバイキングがセットになったプランでした。

 入場した時間が遅めだったので、先に昼食にしました。ランチバイキングは観音崎京急ホテルの「浜木綿」で提供されています。

 

spasso_restrant

 

 暗くていまいちですが、天井の高さと広い窓の向こうが浦賀水道なのがわかりますか?非常によい景色です。そして満員御礼のようですね。

 

spasso_foods

 

 ランチバイキングの様子です。スズキのカルパッチョとにぎり寿司が特においしかったです。

 食事のあとは温泉へ。温泉は施設がよいし、景色も最高。混み具合もほどほどで、値段は安いとはいえませんが、満足度は非常に高いですよ。本当にお勧めです。

spasso_ls2
spasso_foods
spasso_restrant
spasso_ls
spasso_entrance2
spasso_entrance
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2009年

11月

17日

観音崎

観音崎1

 

 観音崎公園は、三浦半島の東端から東方面に東京湾に突き出した岬にあります。かなりの広大な敷地と、変化に富んだ地形を有し、色々な遊び方ができます。

 砂浜を利用した海水浴、バーベキュー。磯では釣り、磯あそび、シップウォッチング。山側では虫取り、古い砲台などをめぐる歴史観光、山歩き、広場やアスレチックを利用した運動など。大人から子供まで楽しめる公園です。

 

 ハイシーズンには駐車場が込み合いますので、公共交通機関を適切に利用するのも手だと思います。

 なお、駐車場は6箇所あり一日540円(ハイシーズン:840円)です。

 

アクセス(行きかた)浦賀周辺マップをご参照ください

 場所:横須賀市東浦賀二丁目

 徒歩:-

 バス:浦賀駅から京急バス、観音崎行き[堀25]乗車。

    「観音崎」終点で下車。浦賀駅バス路線図も参照ください。

 

リンク

 

観音崎レストハウス
観音崎1
観音崎石碑
観音崎海の見晴台
観音崎2
観音崎3
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2009年

11月

17日

徳田屋跡

徳田屋跡松陰象山会談処碑

 

 徳田屋は1700年代の終り頃からあったという浦賀を代表する旅館です。写真の石碑には吉田松陰・佐久間象山が黒船を見物する際に宿泊しており、そこで出会ったことが書かれています。よく考えてみれば、出会っただけでそれがどうしたという感じではありますね。

 その他、浮世絵師の安藤広重、幕末では桂小五郎が宿泊したとのことです。坂本竜馬はここに宿泊する身分でもないでしょうから、そこいらで野宿でもしたんでしょうね。

 下のサムネイルにある画像には、徳田屋跡の看板の写真が含まれてます。その文章の中で、幕末から明治維新にいたるまで、たくさんの武士や文人を宿泊させた徳田屋が歴史の中で果たした役割は大きい的なことが書かれてますが、それは言いすぎというものでしょう。

 徳田屋跡というくらいですから、遺構はのこっておらず石碑と説明看板だけがあるのみで寂しい感じになっています。建物は、大正12年の関東大震災の折に倒壊してしまったとのことです。

 画像には、徳田屋跡の近所にある懐かしい店構えのお菓子屋写真も収録されています。

 

アクセス(行きかた)浦賀周辺マップをご参照ください

 場所:横須賀市東浦賀二丁目

 徒歩:浦賀駅から15分

 バス:浦賀駅から京急バス、かもめ団地行き[浦2][浦3]
    観音崎行き[堀25]乗車。
    「新町」で下車。浦賀駅バス路線図も参照ください。

 その他:浦賀の渡しの東岸のりばの近所です。東耀稲荷もそばにあります。

駄菓子屋
徳田屋跡看板
徳田屋跡松陰象山会談処碑
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2009年

11月

15日

たたら浜(ゴジラ上陸地点)

たたら浜ゴジラ足跡

 

 たたら浜は、初代ゴジラ上陸地点とされる海岸です。この通り足跡もあります。

正直思ったより小さいですが・・・。

 この足跡は、観音崎自然博物館とたたら浜の間にちょっと展望台的な場所があり、そこで見ることができます。

 

アクセス(行きかた)浦賀周辺マップをご参照ください

 場所:横須賀市鴨居四丁目

 徒歩:-

 バス:浦賀駅から京急バス、観音崎行き [堀25]乗車。
    「腰越」で下車。浦賀駅バス路線図も参照ください。

たたら浜
たたら浜ゴジラ足跡
たたら浜看板
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2009年

10月

14日

燈明堂

燈明堂2

 

 京急浦賀駅から、商店街がある南側の道を浦賀ドック、浦賀湾、西叶神社の鳥居、浦賀の渡し、陸軍桟橋、シティマリーナ ヴェラシスを横目に見ながら2kmほど進みますと、燈明堂入口の交差点に差し掛かります。これを左におれて更にしばらく歩きますと燈明崎という岬に到着し ます。

(かなり遠いので、歩くことが目的でないなら、バスの利用をお勧めします)

 

 燈明崎にはきれいな海岸があるほか、江戸時代にあったという灯台、燈明堂を復元した施設があります。歴史的に意義がある灯台で、燈明堂とその周辺は、横須賀市指定史跡になっています。詳細な説明はこちらのサイトが詳しいです。

 

 非常に景色がよく、海の水もきれいで、夏は磯遊びも楽しめるのですが、江戸時代は浦賀奉行の処刑場があったところでもあり、地元の人は「首切り場」と呼んだりします。そんなわけで、付近には供養塔やお地蔵さんが建てられています。

 

アクセス(行きかた)浦賀周辺マップをご参照ください

 場所:横須賀市西浦賀六丁目

 徒歩:浦賀駅から30分くらい

 バス:浦賀駅から京急バス、京急久里浜駅行き [久19]乗車。
    「燈明堂入口」で下車。バス停から徒歩10分。
     浦賀駅バス路線図も参照ください。

 

駐車場

  燈明堂の駐車場について、利用料金は千円/回。

  利用時間:午前8時 ~ 午後5時、4月29日 ~ 5月5日の毎日

       7月21日 ~ 8月31日の毎日、

       5月6日 ~ 7月20日及び9月1日 ~ 10月30日の
       期間の土曜日、日曜日、国民の祝日

       上記有料期間以外は無料

燈明堂看板
燈明崎2
燈明崎
燈明堂
燈明堂2
燈明崎3
燈明崎4
燈明堂駐車場
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2009年

9月

20日

愛宕山公園

愛宕山公園から浦賀を望む
愛宕山公園から浦賀を望む

明治24年に開園したという、歴史ある公園です。

元は「浦賀園」と呼ばれていて、入り口のプレートにはそのように表示されています。

風呂屋の煙突というサイトによると、このプレートは榎本武明による揮毫だとか。
ここには、中島三郎助の招魂碑と咸臨丸出航の碑と与謝野鉄幹・晶子夫妻の歌碑があります。

あまり手入れされていない公園で、本来は景色もいいだろうに少し残念です。

人通りも少ないので、女性は気をつけてください。

View_atagopark2
Monu_nakajima
Doc_Monument_yosano
Monumant_yosano
Doc_Monument_kanrinmaru
Atago_park_ent
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2009年

8月

11日

浦賀ドック

 京急浦賀駅の階段を下りると、正面に大きて古い工場が見えます。その工場は、2003年3月をもって閉鎖された住友重機械工業浦賀造船所であった建物です。

 

 

浦賀造船所

 

 この浦賀造船所は、明治38年に設立された浦賀船渠(うらがせんきょ)を前身とし、さらには江戸幕府による浦賀造船所につらなる非常に歴史のある造船所です。

 日本の造船産業が栄えていたころの様子は私にはわかりませんが、西浦賀にあるかつては歓楽街であったであろう町並みや、今も残るそこそこ大きな浦賀病院(浦賀ドックの住友重機械工業が運営していた)の存在。さらには、大阪で小さな町工場を営んでいた祖父までが浦賀造船所に納品したことがあるという購買量を考えるにつけ結構なものだったのだと思います。

 昔を知る方々によると、船が出港するときには、周辺の道路は通行止になったそうです。それは、船の出港時は大潮を狙って行なわれる上に、ドライドックに海水を注入する勢いで、海水が溢れて、道路が水浸しになってしまうのだそうです。生活には不便だったでしょうけど、皆さんがかつてを振り返る様子は、どこか誇らしげです。

 さびしいことに現在は、ショッピングセンターになるとか公園になるとかの跡地利用を噂される廃工場跡なのですが、「中島三郎助まつり」や「咸臨丸フェスタ」など地元イベントの会場として有意義に利用されています。

 

 

浦賀ドック

 

 さて、浦賀駅から久里浜方面までまっすぐに伸びる道を、廃工場を左手に見ながらすすみます。旧住重の職員用入り口のあたりを越えると、鉄板で補強されたレンガ塀や高くそびえるクレーンのトラス構造が目に入ります。

 

浦賀ドック ハンマーヘッドクレーン

 

 このクレーンは、かつては巨大な鋼鉄の腕(ハンマーヘッドというらしいです)を持っていましたが、今は危険回避のためとりはずされていています。

 

 さて、コンクリートが剥げ落ち、レンガがむき出しになったあたりから、塀の向こうを覗きこんでみてください。すると、側壁がフランス積みのレンガで補強された大きく深い人工的な溝が目に入ります。それが、第1号ドック(通称:浦賀ドック)です。

 

浦賀ドック

 

 このドックは世界に4か所にしか現存していないレンガ積みドライドックのうちのひとつです。古びたレンガの赤さが歴史を感じさせていい雰囲気だと思いませんか。この産業遺跡は、横須賀風物百選にも選ばれている文化財です。跡地利用の際には壊してしまうことなく、保存してほしいものです。

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2009年

8月

11日

陸軍桟橋

陸軍桟橋
陸軍桟橋_デッキ
陸軍桟橋_桟橋
浦賀港引揚記念の碑
陸軍桟橋
船番所跡disc
陸軍桟橋_桟橋からデッキを見る

 太平洋戦争終了後、引揚者が上陸した桟橋です。50万人もの人がここから上陸したそうです。今はデッキが整備され公園になっています。

 お休みになると、桟橋から釣りをしたり、デッキで腰掛けて景色を見たりなど、みんな思いおもいに楽しんでいる様子がみられます。

 夏になると海に飛び込む子供たちがいたりして。

 

 西浦賀町1丁目(浦賀病院の道を挟んだ向かい側です)

 最寄のバス停は、京急バス「浦賀病院前」浦賀駅から"久10"か"久19"のバスに乗ってください。詳しくは浦賀周辺バス路線図を参照のこと。

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