浦賀ドック

 京急浦賀駅の階段を下りると、正面に大きて古い工場が見えます。その工場は、2003年3月をもって閉鎖された住友重機械工業浦賀造船所であった建物です。

 

 

浦賀造船所

 

 この浦賀造船所は、明治38年に設立された浦賀船渠(うらがせんきょ)を前身とし、さらには江戸幕府による浦賀造船所につらなる非常に歴史のある造船所です。

 日本の造船産業が栄えていたころの様子は私にはわかりませんが、西浦賀にあるかつては歓楽街であったであろう町並みや、今も残るそこそこ大きな浦賀病院(浦賀ドックの住友重機械工業が運営していた)の存在。さらには、大阪で小さな町工場を営んでいた祖父までが浦賀造船所に納品したことがあるという購買量を考えるにつけ結構なものだったのだと思います。

 昔を知る方々によると、船が出港するときには、周辺の道路は通行止になったそうです。それは、船の出港時は大潮を狙って行なわれる上に、ドライドックに海水を注入する勢いで、海水が溢れて、道路が水浸しになってしまうのだそうです。生活には不便だったでしょうけど、皆さんがかつてを振り返る様子は、どこか誇らしげです。

 さびしいことに現在は、ショッピングセンターになるとか公園になるとかの跡地利用を噂される廃工場跡なのですが、「中島三郎助まつり」や「咸臨丸フェスタ」など地元イベントの会場として有意義に利用されています。

 

 

浦賀ドック

 

 さて、浦賀駅から久里浜方面までまっすぐに伸びる道を、廃工場を左手に見ながらすすみます。旧住重の職員用入り口のあたりを越えると、鉄板で補強されたレンガ塀や高くそびえるクレーンのトラス構造が目に入ります。

 

浦賀ドック ハンマーヘッドクレーン

 

 このクレーンは、かつては巨大な鋼鉄の腕(ハンマーヘッドというらしいです)を持っていましたが、今は危険回避のためとりはずされていています。

 

 さて、コンクリートが剥げ落ち、レンガがむき出しになったあたりから、塀の向こうを覗きこんでみてください。すると、側壁がフランス積みのレンガで補強された大きく深い人工的な溝が目に入ります。それが、第1号ドック(通称:浦賀ドック)です。

 

浦賀ドック

 

 このドックは世界に4か所にしか現存していないレンガ積みドライドックのうちのひとつです。古びたレンガの赤さが歴史を感じさせていい雰囲気だと思いませんか。この産業遺跡は、横須賀風物百選にも選ばれている文化財です。跡地利用の際には壊してしまうことなく、保存してほしいものです。

P1040138
P1040137
P1040136
P1040070
P1040068
P1040066